2015 ネパール支援活動記録(6/19-7/3)

2015 ネパール支援活動記録(6/19-7/3)

6/19 ネパール到着

海外からの支援物資

海外からの支援物資

皆様からいただいた支援金、本当にありがとうございました。
まず空港に降りてすぐ目についたのは、海外からの支援物資です。(後からわかったことですが、システムがしっかりしておらず、支援物資の盗難もあったとのこと…)

今日は、個人で活動しているグループ「サイノネパール( ネパール通信)」(私の母も活動している)の一員であるネパール人に、支援の実態を伺いました。皆様からいただいた支援は、このグループ「サイノネパール」へ寄付させていただきます。
※サイノ…ネパール語で「絆」

自立を促す支援のカタチ

「サイノネパール」の支援のカタチについて話を伺いましたので是非共有させてください。
まず、支援のカタチとしては、ネパールの人々が一人で独立して生活できるよう、あくまでもサポートという位置で長期的な支援を目指しているとことです。また、緊急で被災地に必要なものをお金ではなく、物として購入し、支援をしています。

「物」とは一体何かということですが、例えば、工場でミシンがないところには、ミシンを購入します。ただの「物」ではなく「使われるとこで役立つ物」を届けるスタンスです。ただのミシンが、現地の人々に使われることによって、ただのミシンではなく「生活力」に変わります。

仮に、もし被災地に食べ物を大量に渡すとします。すると、やはり人です。 働かなくなったり安心してしまうという問題が起きてしまうようです。
そんな現地の人が一人でも生きていけるカタチを目指し、支援をしている個人グループの「サイノネパール」。

まだまだ国自体の機能が麻痺状態

また、現在のネパールの現状は日本と違って、政府と国民との信頼関係はあまり良いとは言えないということが、話を聞き感じました。ネパール政府がうまく機能していないということは。大きな問題です。国への信頼度は下がり、厳しい状況が続き、人と人との信頼関係までに影響を及ぼしているように私は感じました。現地で支援をしている人たちさえ支援する側、支援される側の信頼関係を築くのも大変だとのことです。人間関係の問題で長期的に支援をするということも思っていた以上に難しいと感じました。

だからこそ、被災した方々が一人でも生きていける、頑張れる環境作りを目指しているのだと感じました。完全なものではなく、そこにいる人が頑張ることで完成するもの。「サイノネパール」はそんな支援のカタチを目指しています。

6/20 みんなとの支援活動報告

現地の方との話し合い

現地の方との話し合い

まずは一歩づつ前進あるのみ

暗い顔しちゃいられないけど…
壊れた家、匂い、人の表情…悲惨な現実を目の当たりにした1日でした。今日はネパール・カトマンズ南方へ。車で約30分のところに位置する『ブンガマティ村』へ視察にいきました。

この場所は、神物の彫金や木彫りがとても有名で、古い建物が多く、世界遺産の候補にも上がっていたとのことです。そんなブンガマティ村の95%が、今回の地震で家を失いました。その数は約750世帯。ネパールの多くはレンガ作りの家がほとんどです。

4月25日に起きたネパール大地震で一番被害の大きいのは、このレンガ作りの家と聞きました。

でも一歩すら進めない現実

村の人々の家は崩壊はしてなくとも、いつ崩れるかわからないということから、家を出ることを余儀なくされていました。そして、家を失った村の人々はテントで生活をしていました。

レンガの建物はほぼ崩壊

レンガの建物はほぼ崩壊

今の季節は雨季です。一日にたくさんの雨が降り、浸水の心配があります。衛生面も心配と村の人は言っていました。
テント生活を余儀なくされる村の人々。家はもう住むことができません。元の生活に戻りたくとも…家を建て直すには壊れた家を壊す必要があります。そして家を壊すにもお金がかかります。頑張ってスタートラインに立てないような…そんな簡単なことではない状況がそこにはありました。

政府からは、支援金が配布されるとのことですが、まだそのお金は配布されておりませんでした。ネパールの政治問題も含め、現場では、スタートを切れない状態ということを身をもって感じました。そのため、家を失った人たちは、普通の生活を出来ない状態が続いています。なので、仕事どころではない様子でした。

「絶望感」と「現実」そして今必要なもの

現場にいき、壊れた家、匂い、人の表情…そのことを痛感しました。
何が必要か、何が一番困っているのか、やはり一度見ただけではわかりません。支援金についても、この村全体に寄付することは難しい。なので、まずは村人に750世帯のその中でもとても困っている方々に必要な物を村の方にリストとして厳選していただくことにしました。

今回皆様が協力してくださった義援金も、一時的な支援ではなく、継続して続けていけるサポートのカタチを取れるよう視察を続けたいと思います。
こうして視察に同行させてくださった個人グループ、サイノネパールの方々、そして支援をしてくださった皆様の想いをカタチに出来るよう頑張らせていただきます。

6/21 いよいよ始動

本当に必要な物を直接リクエストしてもらう

今日は、ネパール大地震で被災したブンガマティ村に再び訪れました。まもなく支援がはじまります!
二回目になりますが、同じ場所を連日で訪れても、景色は変わって見えました。さて昨日は、家は失った750世帯全員の援助は厳しいため、村人と相談しその中でも厳しい世帯を抽出していただくことにしました。

また、私たちには今必要なものがわからないため、何が必要かをリストにしていただくお願いをしました。援助する側が、直接聞きにいったり家を訪ねてしまうと、援助されない家族などが、当たり前ですが「僕らにも支援をして」という連鎖や嫉妬が生まれてしまうからです。

「そして今日、そのリストが届きました!」

必要なものリスト

必要なものリスト

家を失った『750世帯』のうち、緊急で援助が必要な世帯『51世帯』です。そのほとんどがテントでの生活、身寄りがないお年寄りの方々でした。
そのリストを元にミーティング。一番問題にあがったのは一時的支援をなるべく避け、長期的に支援が続けられるものを支援したいということでした。ただ、すぐに必要なものはもちろんあります。

村人たちからあがったのは
・ポンチョ
・傘
・懐中電灯
・電池
でした。

ポンチョ、傘は、ネパールは今雨季で、どうしても必要とのことです。確かに私が居る時間も、スコールのような土砂降りになりました。

私は傘なんて必要なの?という質問をしてしまいました。笑
しかし外に出てみると、たしかにネパールの人々は傘を持っていました。
懐中電灯は、家を失った人たちが夜トイレに行くときに必要とのことです。公共のトイレは数えるくらいしかなく、今は外でようをたす人も多いとのことです。電池については、しばらく使えるようにとのことで用意することになりました。

まずは、すぐに必要な物を届け、現地の人たちの暮らしをもっと近くで見ながら長期的に援助できるカタチも考えようということになりました。

6/22 必要物資の準備

届けるぞニコニコ傘

届けるぞニコニコ傘

雨に負けるな51のニコニコ傘

ネパール・カトマンズ南方に位置する『ブンガマティ村』に届ける、緊急で必要な物資の準備です。ポンチョ、懐中電灯、電池の準備!

51家族に届ける傘には、一つ一つ心を込めてニコニコマークを書きました。
佐野碧のライブでの募金の支援、いつも応援してくださる皆様も含め、この傘をみんなの『ニコニコ傘』と勝手に名付けました。

今回応援してくださってる皆様の気持ちが、このようにカタチになりました!!

見せたかったなぁ。ニコニコ傘。
あとは!! 村へ届けてきます。

6/23 みんなの想いがカタチへ

村の人達に描いてもらった傘

村の人達に描いてもらった傘

本当に笑顔は笑顔が大好き

ネパール・カトマンズ南方へ位置するブンガマティ村へ、ついに物資を届けてきました!

家を失った750世帯のうち、特に援助を必要とする、テント生活をしている方々、身寄りのないお年寄りの方々51家族へ
まずは急遽必要とされる物資を、皆様の代表として届けてきました。

物資を渡した村の方々には、傘へ『ニコニコマーク』を描いていただきました。不思議と和やな空気が流れ、私たちも村の人たちも笑顔がありました。

少しづつ、村の人々へ近づいていけたらいいなと思います。
ここで終わりじゃない、ここからですね。継続はチカラなり。